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東京高等裁判所 昭和50年(ツ)66号 判決

上告人

株式会社保地土ケ谷ビル

右代表者

安藤向候

右訴訟代理人

中吉章一郎

被上告人

石川俊弘

右訴訟代理人

潁原徹郎

主文

原判決を破棄する。

被上告人の控訴を棄却する。

原審および当審における訴訟費用は被上告人の負担とする。

理由

別紙上告理由について。

原判決は、本件マンションの一区分である本件居宅(以下、原判決の略称に従い本件住居という)は約定の売買代金の割賦支払いが済むまでその所有権が上告人会社に留保されているが、買主たる被上告人はその引渡しを受けた時点以後、約旨に従いこれを自己および第三者のために自由に使用収益できる権能を取得していたものであると判示したうえ、上告人会社の本件不法行為として確定判示している事実は、本件住居の賃貸の仲介を被上告人から依頼されていた訴外菊地の妻が昭和四七年一一月ころ右住居に賃貸希望者訴外本田を案内した翌日か翌々日以降のことであるが、本件マンションの管理人訴外大賀が上告人会社の事務担当取締役訴外福田の指示に基づき右菊地に対し、被上告人との話合いがつくまで貸すのは待つてほしい、もし貸しても本件住居のガス、水道を開くわけにはいかない旨申し入れた、そのころ既に右本田としては賃借条件を承諾して本件住居の賃借の申込みの意思表示を右菊地にしており、被上告人としても右本田と賃貸借契約を締結すべく契約書の準備をしてこれに本田の捺印をもらえばよいだけにして菊地に預けていた段階にあつたが、菊地は右申入れの趣旨を被上告人に通知するとともに、本田に対し、本件住居の賃貸はできないと通告した、右本田はその後一か月の間、礼金、敷金、前家賃、手数料等を用意して待つていたが、右一か月を経過しても、被上告人と上告人会社との間に何らの解決もなされなかつたので、本田は賃借を断念した、というものであつて、原判決は、件上の事実関係から、右福田が大賀に指示して、本件住居を他に賃貸してもガス、水道を開くわけにはいかない旨申し入れたことが、被上告人と右本田との間で本件住居の賃貸借を成約に至らしめなかつた原因をなすことが明らかであるから、右福田はその行為により被上告人の本件住居の使用、収益を妨けたものとすべきであると判断し、福田の右行為を正当な業務行為であるとする上告人会社の抗弁を後記のように排斥し、かつ上告人会社の取締役である福田として被上告人が本件住居を使用収益することを妨げないようにする注意義務を怠つた過失があるといわざるをえないとして、被上告人の上告人会社に対する本件損害賠償請求を認容している。

しかし、原判決が別に認定判示するところによれば、被上告人と上告人会社との間に、昭和四五年三月一四日本件住居の引渡しの際、本件住居につき上告人会社を管理者とする管理委託契約が締結され、同契約によつて、被上告人は上告人会社に対し、管理費月額金二七〇〇円の支払義務(同契約第二条)、使用にあたつて他の区分所有者全体の居住性を維持する善良な管理者の注意義務(同第四条)、危険物、不潔または悪臭を発する物などの搬入、その他、居住上他に迷惑を及ぼす行為の避止義務(同第七条)、本件住居の特定承継人となり、または右住居を占有使用する者が生じたときは、その旨を被上告人と連署で届け出る義務(同第一一条)等の諸義務を負担したにもかかわらず、被上告人は前記管理費の支払いを期日までにしないことがあり、昭和四六年一一月ころから翌四七年四月ころにかけて、本件住居を訴外木下に賃貸しながら、同人と連署してその事実を上告人会社に届けることなく、また右木下が露天商を営む関係で茄でた蟹を入れるのに使用した桶を本件マンションの駐車場に搬入したまま放置したため、右桶が悪臭を放つたことがあつた件についても、右木下が賭博に敗け夜間その賭金の回収に来た数名の者が木下の居留守に立腹し本件住居の扉をたたくなどして騒ぎ、管理人大賀との間に回さかいを生じた件についても、被上告人としては右木下に対する賃貸人の立場から同人の行動に対し適切な是正の処置をとることができたにもかかわらず、これをせず、なお、以上のことにつき上告人会社から同四七年五月一一日付書面および同年九月二日付書面をもつてその改善方を被上告人に対し申し入れたのに対しても被上告人から何らの回答もなかつた、というのであるから、右により、被上告人としては前示管理委託契約上の義務に違反する行為があつたものといわなればならない。

ところが原判決は、被上告人に右契約上の義務違反行為があつたことは否定できないとしながらも、被上告人の管理費支払いは期限どおりではないが毎月なされていて義務違背の程度を甚しいと評価するには足りないこと、右木下の蟹桶の放置も上告人会社の注意によつて直ちに中止され、一回的なものであつたこと、右木下と管理人とのいざこざも前示のほかにはなく、これによる近隣居住者に対する迷惑の度合いが定かでないことを判示し、他方、被上告人側の事情として、同人は結婚したら居住する考えで本件住居を購入したのであるが、本件マンションの建築の完成が遅れたため、前記引渡しを受ける前に結婚して別のところに居住することになつた関係で、本件住居は他に賃貸して賃料収入をあげるほか適当な利用方法がないことが認定できるとして、これらのことをあわせ考えると、訴外福田が被上告人の本田に対する本件住居の賃貸を差し止めたことは、たとえ被上告人に前記のような義務違反があつたとしても、行きすぎであると評価せざるをえず、右福田の言動は正当な業務行為の範囲内に属するものとはいえず、違法なものであるとして、これによる上告人会社の不法行為責任を認めているのである。

しかしながら、前一管理委託契約に基づき管理権限を有する上告人会社の業務担当取締役たる福田が管理人大賀に指示して、訴外菊地に対し、被上告人との話合いがつくまで本件住居を他に賃貸するのは待つてほしい、もし貸してもガス、水道を開くわけにはいかない旨申し入れたことは、上告人会社からの再々の改善方申入れにもかかわらず、被上告人としてはこれに対し何らの回答もしなかつたなど原判決が認定判示する前記諸事情のもとで考えれば、本件マンションの管理運営上やむをえずなされたものということができるし、その表現自体、被上告人との話合いがつくまで本件住居の賃貸借契約の締結を待ってほしいというものであり、その趣旨は前記管理委託契約における被上告人の今後の義務履行を確実にするための話合いに応ずるよう仕向けることに主眼があり、もし貸してもガス、水道を開くわけにはいかないという後段は、前段の右趣旨を強調するためのものと解され、しかも、原判決の認定するところによれば、前記のごとく、福田の指示による管理人大賀の右申入れを菊地から通告された本田としては、右申入れによつて本件住居の賃借を断念したというのでなくて、その後一か月を経過しても、被上告人と上告人会社との間に何らの解決もなされなかつたので右賃借を断念したというのであるから、この事実関係にも照らして考えれば、福田が大賀に指示して行つた右申入れは、原判決がいうように被上告人の本田に対する本件住居の賃貸を差し止めるまでの趣旨とは解されず、管理業務上の行為として行きすぎのものであるということはできず、これをもつて違法、不当と評価するには値しないものといわなければならない。

してみれば、被上告人が本件請求原因として主張するその余の点について判断するまでもなく、被上告人の本訴請求はすべて失当として棄却されなければならないものである。上告論旨は、右の点についての原判決の判断のあやまりをいうものであり、その違法は判決の結果に影響を及ぼすことが明らかであるから、その余の論点について判断するまでもなく、本件上告は理由がある。

従つて、被上告人の本件請求を認容すべきものとした原判決は破棄を免れないところ、原審の確定した前示事実関係のもとで、右請求を棄却した第一審判決は正当と判断できるから、民事訴訟法第四〇八条第一項、第三九六条、第三八四条に従い、被上告人の控訴を棄却すべきものとする。よつて、訴訟費用の負担につき同法第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(畔上英治 安倍正三 唐松寛)

上告理由《省略》

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